自分が死んだあと、何を残せるのか――子どもと見たH3ロケット打上げで考えた事業承継

2026年8月11日、子どもと一緒に種子島でロケットの打上げを見ました。
まだ夜が明けきらない時間。
遠くに見えていたロケットが強い光を放ち、ゆっくりと地上を離れ、やがて信じられないほどの速さで空へ昇っていく。
音が届き、空気が震える。
私はそれまで映像では何度もロケットの打上げを見たことがありました。
しかし、実際にその場で見るものは、まったく別の体験でした。
「すごい」という言葉だけでは、うまく説明できません。
技術への驚き。
ここまでたどり着いた人々への敬意。
失敗しても、また挑戦してきたことへの感動。
そして何より、まだ見たことのない未来へ向かって、人間が進んでいくことへの希望。
いろいろな感情が、一度に押し寄せてきました。
そしてロケットが空へ消えていくのを見ながら、私は思いました。
あのロケットは、過去から未来へ何かを渡していく象徴なのではないか。
目の前の一機の後ろには、長い時間がある
当然ですが、あの日のロケットは、突然生まれたものではありません。
JAXAによれば、日本の固体ロケット開発は1955年、全長23センチほどの「ペンシルロケット」から始まりました。
その後、日本は固体ロケットの技術を積み上げる一方、液体ロケットでは海外から技術を導入しながら国産化を進め、H-II、H-IIA、H-IIB、そして現在のH3へと技術をつないできました。
70年以上にわたり、何世代もの研究者、技術者、企業、関係者が、その時代にできることを積み重ねてきたことになります。
もちろん、その歴史は成功だけではありません。
H3ロケットも、2023年3月の試験機1号機では第2段エンジンが着火せず、打上げに失敗しました。
JAXAはその後、原因究明を行い、対策を後続機へ反映しています。
2025年12月にはH3ロケット8号機でも打上げ失敗があり、その原因究明と後続号機への影響評価のため、9号機の打上げも延期されました。
失敗する。
原因を調べる。
直す。
もう一度挑戦する。
そして、その知識を次の人へ渡していく。
私たちがあの朝見上げていたのは、まさにその延期されていたH3ロケット9号機でした。
準天頂衛星「みちびき7号機」を載せた9号機は、2026年6月の6号機による飛行再開を経て、2026年8月11日午前4時23分、種子島から打ち上げられました。
その「もう一度」の瞬間に、私と子どもは立ち会っていたことになります。
あの日、私たちが見ていたのは、一機のロケットだけではなかったのかもしれません。
何十年もの失敗と挑戦、人の知識と努力が積み重なり、それが一つの形となって未来へ飛んでいく瞬間を見ていたのだと思います。
人間は、まだ遠くへ行こうとしている
ロケットが空へ昇っていく姿を見ながら、もう一つ強く感じたことがあります。
未来は、まだ続いている。
人間はまだ、今まで行けなかった場所へ行こうとしている。
今まで分からなかったことを知ろうとしている。
目の前の課題だけを見ていると、未来はどうしても不安に見えます。
人口減少、戦争、環境問題、経済停滞、AIによる社会の変化。
問題はいくらでもあります。
それでも人間は、「もっと遠くへ行きたい」「まだ知らないものを知りたい」と考え、技術を積み上げ続けている。
夜明け前の空へ伸びていく光を見ながら、私はそこに、不思議なくらい強い未来への希望を感じました。
隣にいる子どもは、私のコピーではない
そのとき、隣にいた子どもを見ました。
子どもは、私とは別の人間です。
私の人生を引き継ぐために生きているわけではありません。
私と同じ価値観を持つ必要もありません。
私よりも長くこの世界を生き、私が知らない未来を見る可能性のある一人の人間です。
ただ、同時に思いました。
子どもは、これまで私と多くの時間を過ごし、私がどんなものに興味を持ち、何を大切にし、何に挑戦し、失敗したときにどうしてきたのかを、間近で見てきた存在でもあります。
私が意図して教えていなくても、何かは伝わっているのかもしれません。
ものの考え方かもしれない。
判断するときの基準かもしれない。
挑戦することへの姿勢かもしれない。
家族を大切にする気持ちかもしれない。
あるいは、私自身も気づいていない何かかもしれません。
私自身は、いつかこの世界からいなくなります。
しかし、子どもがその先の人生を生きていく中に、私との時間から受け取った何かが残っているとすれば、それも一つの「後世に残す」ということなのかもしれません。
そこで、少し怖いような、しかし避けてはいけない問いが浮かびました。
私は、自分が死んだあと、この世界に一体何を残したいのだろう。
会社もまた、経営者の人生が深く染み込んだ場所である
この問いを考えているうちに、事業承継のことを思い出しました。
会社と人生は、もちろん同じものではありません。
会社は経営者だけのものでもありません。
そこには従業員がいて、顧客がいて、取引先がいて、地域があり、多くの人の時間と仕事が積み重なっています。
その意味で、会社は多くの人によってつくられた共同作品です。
一方で、長い時間会社を経営してきた経営者にとって、会社にはその人の人生も深く染み込んでいます。
何十年も使った時間。
眠れなかった夜。
資金繰りに苦しんだ経験。
従業員を採用したこと。
顧客から怒られたこと。
大きな失敗。
成功した商品。
誰かとの出会い。
そして、何千、何万という小さな意思決定。
会社には、それらが積み重なっています。
だから「会社を誰かに引き継ぐ」というのは、本来とても重い行為なのだと思います。
事業承継で引き継ぐのは、株式だけではない
中小企業庁は、事業承継で引き継ぐ要素を、大きく「人(経営)」「資産」「知的資産」に整理しています。
知的資産には、たとえば次のようなものが含まれます。
- 経営理念
- 従業員の技術・技能
- ノウハウ
- 経営者の信用
- 取引先との人脈
- 顧客情報
- 知的財産権
つまり、公的な事業承継の整理を見ても、会社を引き継ぐことは、単に社長を交代したり、株式や工場を渡したりすることではありません。
目に見えないものも含めて、次の世代へ渡す必要があります。
XENzとして、ここからさらに考えたいことがあります。
その中でも失われやすいのが、「なぜ、その判断をしてきたのか」ではないでしょうか。
経営者の頭の中には、決算書に載らないものがある
たとえば、ある経営者がこんな判断をしているとします。
「この顧客だけは、多少大変でも対応する」
「この品質だけは落とさない」
「売上は大きいが、この仕事は受けない」
「この仕入先との関係は、利益だけでは判断しない」
その結論だけを聞けば、後継者には非合理に見えることがあります。
しかし、その後ろには過去の経験があります。
10年前の失敗かもしれない。
会社が苦しかったときに助けてもらった経験かもしれない。
顧客から教えられたことかもしれない。
長年現場を見続けたからこそ分かる感覚かもしれません。
問題は、こうした背景が経営者の頭の中だけにあることです。
決算書には残りません。
株主名簿にも残りません。
業務マニュアルにも、多くの場合は残りません。
そして経営者がいなくなった瞬間に、一緒に消えてしまう可能性があります。
残すべきなのは、「答え」ではなく「なぜ」なのかもしれない
ただし、ここで注意しなければならないことがあります。
先代の考えを、そのまま保存すればよいわけではありません。
むしろ、それは危険です。
後継者は、先代のコピーではないからです。
時代も変わります。
顧客も変わります。
技術も変わります。
競争環境も変わります。
先代にとって正しかった答えが、次の時代にも正しいとは限りません。
だからこそ、残すべきなのは、
「こうしなさい」という答えではなく、
「なぜ私は、その判断をしたのか」という背景なのではないか。
そう考えるようになりました。
背景が残っていれば、後継者はそれを理解したうえで、守ることもできます。
そして、捨てることもできます。
さらに良い答えへ更新することもできます。
事業承継とは、先代の答えを保存することではなく、次の世代が自分の答えをつくれる状態を残すこと。
私は今のところ、そう考えています。
自分がいなくなったとき、何が一緒に消えるのか
もし会社を次の世代へ残したいのであれば、株式や相続の準備とは別に、一度こんな問いを考えてみてもよいのではないでしょうか。
- この会社は、そもそも何のために存在しているのか。
- 自分は、重要な局面で何を基準に判断してきたのか。
- 最も大きな失敗から、何を学んだのか。
- 絶対に残したいものは何か。
- 逆に、次の世代が変えてよいものは何か。
- 自分が明日いなくなったら、会社から何が消えてしまうのか。
すべてを立派な経営理念にする必要はないと思います。
後継者と話す。
失敗を記録する。
重要な意思決定をしたとき、「なぜそう判断したのか」を一言残す。
職人と一緒に、無意識にやっている仕事を言葉にしてみる。
それだけでも、未来へ渡せるものは増えていきます。
もっとも、背景を残せば承継がうまくいく、というわけではありません。
残した「なぜ」が、後継者を縛る鎖になることもあります。
だからこそ、記録は一方的に書き残すものではなく、後継者と話しながら残すものなのだと思います。
「残す」とは、自分を残すことではない
あの日、ロケットはものすごい速度で上昇し、やがて私たちの目には見えなくなりました。
けれど、そのロケットをつくるまでに積み上げられてきた知識は消えていません。
前の世代が到達した場所を起点にして、次の世代がさらに遠くへ行く。
考えてみれば、ロケット開発とは、それを何十年も繰り返してきた営みでもあります。
会社も、家族も、そして人の人生そのものも、どこか似ているのかもしれません。
自分の名前を永久に残す必要はない。
自分と同じ考え方をする人をつくる必要もない。
会社を、自分が経営していたときとまったく同じ姿で残す必要もない。
ただ、自分が人生を使って得たものが、次の誰かの挑戦を少しだけ前に進める。
子どもが、自分には行けなかったところまで行く。
後継者が、自分にはつくれなかった会社をつくる。
次の世代が、自分たちには解決できなかった問題を解決する。
そうなったとき、初めて「残した」と言えるのかもしれません。
2026年8月11日。
子どもと一緒にロケットを見上げながら、私はそんなことを考えました。
残すとは、自分を残すことではない。
次の人が、自分よりもっと遠くへ行くための発射台を残すことなのかもしれない。
参考資料
- JAXA 宇宙輸送技術部門「国産ロケットの系譜」
https://www.rocket.jaxa.jp/column/knowledge/genealogy.html - JAXA「H3ロケット試験機1号機の打上げ失敗に関する対応状況について」
https://www.jaxa.jp/hq-disclosure/h3-tf1/index_j.html - JAXA「H3ロケット8号機の打上げ失敗に関する対応状況について」
https://www.jaxa.jp/hq-disclosure/h3f8/index_j.html - JAXA「H3ロケット9号機による『みちびき7号機』の打上げ延期」
https://www.jaxa.jp/press/2026/01/20260107-1_j.html - 中小企業庁「事業承継を知る」
https://www.chusho.meti.go.jp/zaimu/shoukei/know_business_succession.html
